| 第一章 | 国際的人権の趨勢に反する戒厳令 以上が経過し、他の党外雑誌も経営破綻してい うち、 「総統の直接選挙」 の一項が、 当時代理総 が、 『 台湾政論』はわずか5期発行されただけで ことを心待ちにしていた蒋経国をひどく怒らせ た当時、台湾の言論界には閉塞感が漂っていた はあったものの、 『自由中国』 の爆発的な売れ行 きを再現したのである。 「選挙特大号」 と銘打った第5期は、 「内乱罪 統だった厳家淦の任期が切れた後、総統になる たと言われている。 『台湾政論』の停刊を契機に、海外での出版 に協力していた頼義雄(在米博士) ら15人は、 ア を煽動している。事態は深刻」 と判断され、休刊 メリカの5都市で署名運動やデモを行い、在米 雰囲気が一瞬にして蔓延してしまった。その結 障を求めた。 また、蒋経国に対して公開書簡を を迫られた。 これにより、政治的粛清の恐ろしい 果、1975年の立法委員選挙では、康寧祥、黄 順興、徐世賢らが党外から当選を果たしたもの の、22年間省議員を務めた郭雨新が「膨大な 数の無効票」 によって落選した。 郭雨新が選挙資料中に掲げた「国会議員の 全面改選」 「 戒厳令の解除」 「 新聞の解禁」 「政 治犯の釈放」 「 総統と台北市長の直接選挙」の 大使館や領事館を取り囲んで表現の自由の保 送り、休刊処分の撤回と、人権を尊重すること、 迫害或いは逮捕をしないことなどを求めた。 この抗議がアメリカのメディアによって報道 されたため、黄信介、康寧祥らは政治的な粛清 を受けずに済んだ。 しかし、半年後の1976年7月、副編集長の黄 華が逮捕され、 「 他人を煽動して内乱を起こさ 1977年11月19日 台湾の地方公職選挙「統一五選挙」 で、開票の不正に抗議する 「中壢事件」 が勃発 提供:張富忠 35

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