リベラリズムの巨匠、 殷海光氏 若くして亡くなったが、殷海光が残した文章や著作は、多くの 「党外新世代」 か ら 「お会いしたことがない恩師」 と崇められている 提供:財団法人紀念殷海光先生学術基金会 版・再版は禁じられた。 胃がんを患った殷は、雷 震の出獄を待つことなく、1969年、志半ばにし 設立者で立法委員の康寧祥に働きかけ、民主 しかし、 『自由中国』 と殷海光の著作は、台湾 事をまとめるよう進言したことで、すぐに認知・ て50歳足らずの若さで亡くなった。 の民主化運動に大きな影響を与えた。1975年 以降、台湾の反対運動に身を投じてきた 「党外 教育の理論武装をはかるため『自由中国』の記 支持されるに至った。 結局、 『地方自治と選挙』 『司法の独立』 『表現 新世代」 の多くは、特殊な縁あって、無意識のう の自由』 『反対党問題』 の4冊が編纂された。 当初 があり、深い影響を受けたと語り、殷は「お会い マが含まれていたが、 『美麗島』 にかかりきりとな ちに 『自由中国』 と殷海光の文章に触れる機会 の構想では、 さらに 「自由」 「民主」 「総論」 の3テー したことがない恩師」 と崇められている。 り、 またその後収監されたため立ち消えとなった。 島』編集長の陳忠信(1949年生、ペンネーム 震、殷海光とともに 「自由民主三傑」 と呼ばれた 美麗島事件の受難者の一人で、雑誌『美麗 「杭之」) も似たような流れをたどっている。 28 1979年に党外雑誌『八十年代』 に関わると、 党外勢力からすれば、戒厳令下の台湾で、雷 傅正(1927-1991) は、 中国民主党と民主進步

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