雑誌『自由中国』1956年 10月31日「蒋介石生誕記 念特別号」第5版の表紙。 翌年3月の第9版まで爆発 的な売れ行きをみせた 提供:黄裕順 雑誌『自由中国』1958年12月 「世界人権宣言10周年記念 特別号」 提供:黄裕順 雑誌『自由中国』創刊号 提供:鄭南榕基金会 同盟) が制憲大会に参加するための調整役を務 めた。 そのため、 もともとは 「反共・親蒋派」 として たが、諸般の事情により1949年11月20日に台 雷震がこの雑誌を創刊したのは、憲法制定後 は、 アメリカの支持を得るために政治イメージ上 である。 さらに国共内戦では中国国民党が劣勢 中国』 に対して多額の資金援助を行っていたの 中国国民党の中核に近い存在でもあった。 の民衆の啓蒙と覚醒が重要であると考えたから 北で創刊することになった。 当時の蒋介石政権 知識層の裏付けが必要であり、 そのために 『自由 に立たされたことも相まって、中国国民党上層 である。 しかし創刊から半年後の1950年6月、 を推し進めるという共通認識が得られ、同時に の方向転換を余儀なくされ、蒋介石としては 『自 とも期待された。 くなった。結果『自由中国』 は1951年5月から警 部との間に 「民主・反共」 (民主主義・反共主義) 蒋介石政権に対する悪いイメージを払拭するこ 22 『自由中国』 は当初、上海で創刊する予定だっ 朝鮮戦争が勃発し、 アメリカのアジア戦略はそ 由中国』 のような政治的戦略を設ける必要がな

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